こうして私は鬱になった その1

鬱の経緯

さて、いよいよ鬱になった理由を語りたいと思います。
今までこの話をのばしてきたのは、もったいぶっていたからではありません
前提条件として、私は ADHD双極性障害RSD(拒絶感受性障害)微笑み鬱不定形鬱自己愛性パーソナリティ障害──さまざまな要素が複雑に絡み合った人格を持っています。
とはいえ、こうしたことに気づいたのはつい最近のこと。当時はまったく自覚がありませんでした


入社2年目、突然の任命

私は2010年4月、製造業の下請け中小企業に新卒で入りました。
主な業務は、エレベーターなどの内部部品を機械加工板金で製造し、組み立てて親会社へ納品するというもの。

私はものづくりがしたくて、この会社に入りました。採用要項でも製造現場採用と書かれていました。しかし入社して一年間、ものづくりはさせてもらえませんでした。

2011年の4月、社会人二年目のある日、社長に呼び出され、こう言われます。

「お前に品質保証をやってもらいたい。」

品質とはどんな仕事なのかもわかりません。
弊社は創立から60年以上経っていましたが、品質保証部門は存在せず「お客さんからクレームが来るかどうか」で良品か不良かを判断する──そんな会社でした。
これからどんな苦労が待ち構えているかわからず、私は素直に承諾しました。


職場の空気は冷たかった

当時の現場は、長い間管理者不在で「好き放題」が常態化していました。
そこに「現場を知らない新参者」が品質保証として入り込む。
当然、でしゃばるな」という空気が漂います。

私は品質保証の知識も経験もまったくゼロ
不安はあったものの、「やるしかない」という思いで動き出しました。


最初の壁は“理不尽さ”

最初に突き当たったのは、知識不足や技術ではなく、理不尽さでした。
現場の人間がミスをしたのに、私がお客さんから怒られます
それは致し方ありません。しかし、ミスをした現場の人間から逆切れされるのは我慢がなりませんでした。
あまりにも理不尽に感じ工場長に相談すると、工場長は現場の肩を持ちお前が我慢しろと言われました。

その瞬間、「この仕事、味方がいない」と痛感しました。


少しずつ変わる心と生活

精神的な負担はそこから急激に増していきます
家に帰れば、過食散財夜更かしが習慣化。
唯一の救いは、休日の旅行でした。

今振り返ると、この時点ですでに鬱の前兆があったと思います。
私の鬱は落ち込む鬱ではなく攻撃的になる鬱だったので気づけませんでした。
その苛立ちや怒りが、職場の人間関係をさらに悪化させてしまったのです。


次回予告

「こうして私は鬱になった その2」では、この悪循環がどのようにエスカレートしていったのかをお話しします。
孤立感が深まる中で、私の精神状態はどこへ向かっていったのか──続きます。


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