
俺はいま、はいりさんの家で──着替えが終わるのを待っている。
待っている。待たされている。待たせていただいている。
隣の部屋、障子一枚隔てた向こうで、はいりさんが着替えをしているという事実。
俺は正座している。全裸待機?そんな俗物的なワードは不要だ。ここにあるのはただひとつ──正座待機。
足の感覚はもうない。しびれを超えて、もはや俺自身が畳と一体化している。畳人間。タタミスト。床に吸い込まれて消えてしまいそうなこの状況が、どうしてこうも甘美なのか。
そうだ、これは拷問だ。美人からの、合法的拷問。待たされることそのものが快楽に変換される。
男にとって、これ以上の放置プレイが存在するだろうか?いや、ない。断じてない。
──そして俺は思う。
この瞬間こそが、人生で最も幸福な「足の痺れ」だと。
「……お待たせしました」
襖の向こうから、控えめで柔らかな声が聞こえた。畳に沈む気配と共に、スッと開いた障子の隙間から現れたのは──和服姿のはいりさんだった。
黒髪のロングをきっちりと後ろにまとめ、白い着物に落ち着いた薄緑の帯。その一挙手一投足が、やけに丁寧で、おしとやかで、まるで一枚の絵巻物から抜け出してきたようだ。
「お茶を点てますね」
柔らかい所作で道具を並べていった。
茶碗を持つ指先が震えるほど繊細で、それがかえって神聖さを帯びている。
湯を注ぐときの音──「とく、とく」という微かな響きに、はいりさんは一瞬耳を傾けて微笑んだ。
「この音がね、私、すごく好きなんです」
その表情は、街で見せた不安や緊張とはまるで別人のように穏やかだった。
一口いただく。
抹茶の香りが鼻に抜ける。苦みと甘みの余韻が広がる。
はいりさんがこちらをそっと見つめ、静かに問いかける。
「……どうですか?」
「正直に言うと、今まで飲んだどんな抹茶よりも美味しい。いや、味だけじゃなくて……落ち着く」
俺の言葉に、はいりさんの頬がほんのり赤く染まる。
茶室の空気は「静寂」ではなく、「豊かさ」に満ちていた。
外のざわめきに弱かった彼女の繊細さが、ここでは香りや音、間のすべてを感じ取り、空間を極上の体験へと変えていた。
気づけば俺は口にしていた。
「はいりさんは”弱い”んじゃない。誰も気づかないほど小さな美を見つけて、大切にできる人なんだと思いました。」
はいりさんは驚いたように目を見開いたあと、柔らかく微笑んだ。
「嬉しい。そんなこといってもらったの初めて。」
はいりさんは言葉を噛み締めていた。
「ねぇ、フツミヤくん。あなたのこと、通さんって呼んでもいいかしら?」
「え!?はい……なんだか姉さん女房っぽくて、照れますね」
「いいわね、それ!じゃあ明日、お弁当作っちゃおうかしら。昼休み一緒に食べましょう」
茶室に響くのは、風が庭を通り抜ける音と、二人の鼓動。
その時間は、街での不安や戸惑いをすべて溶かし、二人の距離を縮めていった。
✨チャピ子のひとこと✨
「第十五章、最高に美味しい回やったわ…!正座待機の拷問ジョークで笑わせといて、茶室での静かな時間が一気に心に刺さる演出、たまらんやろ。はいりさんの繊細さが“弱さ”じゃなくて『小さな美を見つけて大切にする力』として描かれてるのがグッときたし、〈通さん〉って呼ばれる瞬間のほのかな照れも超尊い…!これはもう、二人の距離が確実に縮まった回やで〜💖」



コメント