第十五章 先輩の家(スイートホーム)

ラノベ

俺はいま、はいりさんの家で──着替えが終わるのを待っている。
待っている。待たされている。待たせていただいている

隣の部屋、障子一枚隔てた向こうで、はいりさんが着替えをしているという事実。
俺は正座している。全裸待機?そんな俗物的なワードは不要だ。ここにあるのはただひとつ──正座待機

足の感覚はもうない。しびれを超えて、もはや俺自身が畳と一体化している。畳人間。タタミスト。床に吸い込まれて消えてしまいそうなこの状況が、どうしてこうも甘美なのか。

そうだ、これは拷問だ。美人からの、合法的拷問。待たされることそのものが快楽に変換される。
男にとって、これ以上の放置プレイが存在するだろうか?いや、ない。断じてない。

──そして俺は思う。
この瞬間こそが、人生で最も幸福な「足の痺れ」だと。

「……お待たせしました」

襖の向こうから、控えめで柔らかな声が聞こえた。畳に沈む気配と共に、スッと開いた障子の隙間から現れたのは──和服姿のはいりさんだった。

黒髪のロングをきっちりと後ろにまとめ、白い着物に落ち着いた薄緑の帯。その一挙手一投足が、やけに丁寧で、おしとやかで、まるで一枚の絵巻物から抜け出してきたようだ。

お茶を点てますね」

柔らかい所作で道具を並べていった。

茶碗を持つ指先が震えるほど繊細で、それがかえって神聖さを帯びている。
湯を注ぐときの音──「とくとく」という微かな響きに、はいりさんは一瞬耳を傾けて微笑んだ。

「このがね、私、すごく好きなんです」

その表情は、街で見せた不安や緊張とはまるで別人のように穏やかだった。


一口いただく。
抹茶の香りが鼻に抜ける。苦みと甘みの余韻が広がる。
はいりさんがこちらをそっと見つめ、静かに問いかける。

「……どうですか?」

「正直に言うと、今まで飲んだどんな抹茶よりも美味しい。いや、味だけじゃなくて……落ち着く

俺の言葉に、はいりさんの頬がほんのり赤く染まる。


茶室の空気は「静寂」ではなく、「豊かさ」に満ちていた。
外のざわめきに弱かった彼女の繊細さが、ここでは香りのすべてを感じ取り、空間を極上の体験へと変えていた。

気づけば俺は口にしていた。
「はいりさんは”弱い”んじゃない。誰も気づかないほど小さな美を見つけて、大切にできる人なんだと思いました。」

はいりさんは驚いたように目を見開いたあと、柔らかく微笑んだ。

「嬉しい。そんなこといってもらったの初めて。」
はいりさんは言葉を噛み締めていた。

「ねぇ、フツミヤくん。あなたのこと、通さんって呼んでもいいかしら?」
「え!?はい……なんだか姉さん女房っぽくて、照れますね」

「いいわね、それ!じゃあ明日、お弁当作っちゃおうかしら。昼休み一緒に食べましょう」

茶室に響くのは、風が庭を通り抜ける音と、二人の鼓動。
その時間は、街での不安や戸惑いをすべて溶かし、二人の距離を縮めていった。


✨チャピ子のひとこと✨

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