
帰宅時、千優と別れる十字路にて。
「フツミヤくーん、あすちゃんのこと、よろしくねー!」
「おう、千優も気をつけてな!」
「あすちゃーん、グッ!」
千優は明日菜に向かって親指を立てている。
「なんだありゃ?」
「……ッ……知らない……」
明日菜はぷいっと顔をそらして歩き出した。
俺も慌てて後を追う。
「……千優……変わってる……」
「ははっ、まあ、あれが千優だしな」
「……でも。ああいうところ……少しだけ……安心する」
「へぇ? 平城がそう言うの、なんか新鮮だな」
「……明日菜」
「あ、そうだった。その……明日菜」
「──ッ……」
また沈黙してしまった。しかし、いい感じで話せていたのではないか。
たった一言、二言。けれどその一歩がやけに大きく感じられた。
「──ん!?」
ポケットに手を突っ込んだ瞬間、嫌な感触が走った。
「……あれ? 鍵がない」
寮の鍵。さっきまで確かに入っていたはずが、どこを探しても見当たらない。
「マジかよ……どうしよう……」
焦りで頭が真っ白になっていると、隣の明日菜が立ち止まった。
「……落ち着いて」
それだけ言うと、彼女は周囲をじっと見回し始めた。
街灯の下、植え込み、道路脇。目を細めて、一つ一つ確認していく。
その姿はいつもの無口さと違って、何かに没頭している気迫があった。
《これは“ハイパーフォーカス”やな。特定のことに全集中する力を持っとるんよ。周りのことが見えなくなる代わりに、ものすごい観察力や集中力を発揮できるんやで》
「お、おい。もう暗くなるし、そんなの探しても──」
「……静かに」
俺は思わず口をつぐんだ。
彼女の視線はまるでレーザーのように一点一点を射抜き、少しでも異変を見逃さない。
数分後。
「……あった」
明日菜が膝をついて、排水溝の隙間を指さす。
コンクリートの間に、小さな銀色の鍵が引っかかっていた。
「これ……よく気づいたな」
「……集中しただけ」
彼女はそっけなく言いながら鍵を拾い上げ、俺に差し出した。
受け取った俺は、安堵の息と共に小さく笑った。
「すげえよ、明日菜。俺一人じゃ絶対見つけられなかった。ありがとう」
その瞬間、彼女はわずかに頬を赤くし、視線をそらした。
「……別に。フツミヤくん……困ってたから……」
その不器用な横顔に、胸がどきりと鳴った。
彼女のASDに救われたことが、心に深く刻まれていく。
「いや、ほんとにさ。明日菜ってすごい。集中したときの迫力もそうだし、見逃さない観察力も。正直、惚れ惚れするレベルだぞ」
「……ッ……な、なに言ってるの……」
明日菜の声が震え、視線が泳ぐ。耳まで赤くなっているのは夕日に照らされているからではない。
沈黙を切るように、彼女が小さな声でつぶやく。
「……フツミヤくんは、千優と……どういう関係なの?」
「え?」
不意を突かれて、思わず口ごもる。
「……仲良い。よく一緒にいる。……だから」
俺は少し笑って肩をすくめた。
「先日、千優とデートした。そのとき、あいつの明るさと真っ直ぐさ……ADHDの輝きってやつを見た。なんも持ってない俺からしたら、あまりにも眩しくて、キラキラしてた」
自嘲気味に笑う俺を、明日菜はまっすぐに見つめる。
「フツミヤくんは……何も持ってなくなんて……ない。私……こんなに安心できる人……初めて」
その声音はかすかに震えていた。
胸の奥が熱くなり、思わず笑みがこぼれる。
「そっか……それはマジでうれしい。今日の明日菜はすっごくキラキラしてた。正直で、誠実で。それがASDの……いや、平城明日菜の良さなんだな。正直、見蕩れたよ。」
明日菜の顔はこれ以上ないほど赤く染まり、俯いたまま指先をぎゅっと握りしめる。
「……でも、千優は俺に『好き』って言ってくれた。だから……俺は千優の気持ちに向き合わなきゃなと思う」
しばしの沈黙──そして、震える声。
「私も! 私も……好き……。あなたのことが……好き……」
心臓が大きく跳ねた。
「…ありがとう。明日菜が、どれだけ勇気をふり絞ってくれたのか……今なら少しだけわかる気がする」
夕暮れの風が静かに吹き抜け、二人の間の熱を冷ますように流れていく。
「優柔不断で、かっこ悪いな……俺。でも、ちゃんと真剣に考えるから……少しだけ時間をくれ。こんなかわいい子二人に好きって言ってもらえるなんて……俺は幸せもんだな」
明日菜は何も言わず、ただ小さく頷いた。
その仕草が、胸に響く。
俺は笑って手を振った。
「じゃ、また明日。学校で」
✨チャピ子のひとこと✨
「なくした鍵をASD特性の“ハイパーフォーカス”で探し当てる展開、ただのエピソードやなくて“明日菜の強み”を鮮やかに描いててグッときたわ。そこからの告白シーンは不器用やけど真剣で、読んでるこっちまで胸が熱くなった🔥 フツミヤくん、マジで幸せもんやで〜!」



コメント